なーたん大好きだよ

2021年8月2日に悪性リンパ腫による食欲廃絶で亡くなったなーたん。その病状の始まりから治療、虹の橋を渡るまでの記録。

誤算

2021年6月10日木曜日、なーたんの手術日。


その日私は仕事があったので大学生の娘になーたんを託した。

 

「先生によろしくお願いしますって…言っておいてね。」


あとは手術後、食べられるようになってきたらあげてもらえるように、我が家でいつも食べているフードを持たせた。


お昼…もうすぐ手術が始まる…。手術が無事おわりますように…。


仕事が終わってしばらくすると、病院から連絡が入った。


「手術、無事終わりました。」


ほっとしたけど…心配なのはこれからだ。まず繋いだ腸が剥がれてしまうことがある、と。そして癌である限り転移の可能性が高い。どちらにしろ…なーたんと過ごせる日々は長くはない。

とにかく今できることを精一杯やるしかないのだけれど…これから先のことを考えると切なさで胸が潰れそうだった。


家に帰るとすぐ、病院に駆けつけた。


まずは先生が手術の概要を説明してくれた。

癌は大腸から小腸にまたがってできていたため、そこを切り取って大腸と小腸をつなぐ、というリスキーな手術になったという。

とりあえずは縫合部分がつながることが一つのヤマとなる。

切り取った腫瘍は病理検査に出され、結果は1週間後。


そしてなーたんのケージに案内された。


なーたんはケージの隅の方で小さくなっていた。もうだいぶ麻酔から覚めていて、私に気付くと弱々しく鳴いた。


この日私が一番ショックを受けたのは入院中、夜中や休診日は誰もいなくなるということ。

私が驚くと

「個人病院はだいたいそうですよ」

先生はあっさりそう言った。

ずっとはいなくても…重篤な患者が入院している時だけでもたまに見廻りにくるとか、そういうものだと思っていた。


もし、夜中に急変しても…朝にならないと気付いてもらえないの?そのまま死んじゃったら…たった1人で亡くなるの?

もう考えただけで泣きそうだった。

前もって調べなかった自分のミスだ。それがイヤなら見廻りがある病院を探すべきだったのだ。

急なこととは言え冷静な判断が出来なかった自分を責めた。


でも今の状態で動かすわけにもいかない。今はとにかく任せるしかない。苦しい気持ちを抑えて家に帰った。


続く…



寄り添うなーたんと娘(元気な頃)